東京で活動するバンド、「しらべもの」のブログです。
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こんにちは。
年を重ねる度に自分の欠点に気づいてガッカリ、マスイです。
世田谷線にゆられながら三軒茶屋へ。
「パブリックシアター、はじめてだなぁ」
「というか、そもそも演劇なんてそんなに観に行かないからなぁ」
「どうしよう・・、はじめて(一方的に)お会いするんだなぁ。
あの声を生で・・わーっ。」
と「はじめてづくし」で油断していると顔がにやけてしまう。
演目はシェイクスピア『マクベス』
構成・演出・主演、野村萬斎でございます。
ドキドキしているわりにはいつものように
ギリギリ到着。いや、2分くらい遅刻。
着席して3分くらいではじまる。あぶなーい!
舞台は円形でドーム型の屋根に覆われている。
そのまわりは「動く歩道」のようにくるくる回るようになっている。
そこで全てが展開されてゆく。
衣装や小道具が和と洋混在していたなぁ。刀を持ってたし。
戦う時は袴みたいな衣装で普段は西洋な感じ。
「運命」という名の悪のささやきに翻弄される男、マクベス。
本来、心清い青年であったその人の脳、精神、心が少しずつ破壊されてゆく。
愛する妻に「弱い男」と思われたくはない。
人を殺すということを想像するだけで心臓が張り裂けそうなのに
「全てはうまくゆく」というまやかしの言葉を糧に
今日を明日へつなぐ為の勇気をふりしぼる。
人道はずれた行為なんて、ほんの一瞬の勇気でなんとでもなる。
それで自分の輝かしい未来が手に入るのだ。
「過ち」を「明日への一歩」と思い込み
マクベスはもはや自分の意思とは無関係に破滅へと進んでゆく。
それでも止まらない時間と欲望の中で
マクベスは「眠り」を奪われ、彼の「脳」を表現していたであろう
ドーム型の屋根は彼自らの手で破壊されてゆく。
萬斎さんの自由自在に変化する声と表情
突然の奇行演技が
「マクベス崩壊」を分かりやすく伝えてくれている
ように思えました。ちょっと胸が苦しくなる。
演者は5人。決まった配役は
マクベスである萬斎さんとその妻である秋山さんのみ。
残るお三方はその都度「王」になったり「家来」になったり
「影武者」になったり「魔女」になったり。忙しー。
でもこういう演出の方が
よりマクベスの内部に入り込めるのかなと思ったりしました。
三茶から渋谷までとぼとぼ歩きながら
「悲劇を演ずるということでそれを見た人に何を与えるのだろう」と
ふと考えてみました。
自分に置き換えてみれば「悲劇を歌うということで〜」になりますが
ほとんど暗い曲ばかりな自分は、もう根が暗いということで
演ずるとか、あえて悲劇的なことをしている訳ではないので
結局答えがモヤモヤ。
悲劇が与えるものとは。
劇中、「汚いはきれい」「きれいは汚い」という
言葉がよく出てきました。
それを聞いた時、椎名林檎さんの「依存症」という曲の歌詞が
ふと浮かびました。
『翻弄されているということは状態として美しいでしょうか
いいえ 綺麗な花は枯れ醜い過程がわらうのです 何時の日も』
劇のラスト
破滅したマクベスの胴体の下には
白くてかわいらしい花が咲いていました。
マクベス自身は純粋に
明日、また明日へと我が道を進んでゆきたいだけ
それだけが願うことだったと思います。
それはわたしたちも同じことで。
ある瞬間、ささやく運命の声に
「大丈夫、自分で決めるよ」と言えるかどうか。
つまり、本当に自分の意思でその手足を動かしているのかどうか。
流れに身をまかせるって、楽ではあるけど
不自由だったりするんだろうなぁ。
悲劇が与えるものってこういうことなのかなぁ。うーん。
年を重ねる度に自分の欠点に気づいてガッカリ、マスイです。
世田谷線にゆられながら三軒茶屋へ。
「パブリックシアター、はじめてだなぁ」
「というか、そもそも演劇なんてそんなに観に行かないからなぁ」
「どうしよう・・、はじめて(一方的に)お会いするんだなぁ。
あの声を生で・・わーっ。」
と「はじめてづくし」で油断していると顔がにやけてしまう。
演目はシェイクスピア『マクベス』
構成・演出・主演、野村萬斎でございます。
ドキドキしているわりにはいつものように
ギリギリ到着。いや、2分くらい遅刻。
着席して3分くらいではじまる。あぶなーい!
舞台は円形でドーム型の屋根に覆われている。
そのまわりは「動く歩道」のようにくるくる回るようになっている。
そこで全てが展開されてゆく。
衣装や小道具が和と洋混在していたなぁ。刀を持ってたし。
戦う時は袴みたいな衣装で普段は西洋な感じ。
「運命」という名の悪のささやきに翻弄される男、マクベス。
本来、心清い青年であったその人の脳、精神、心が少しずつ破壊されてゆく。
愛する妻に「弱い男」と思われたくはない。
人を殺すということを想像するだけで心臓が張り裂けそうなのに
「全てはうまくゆく」というまやかしの言葉を糧に
今日を明日へつなぐ為の勇気をふりしぼる。
人道はずれた行為なんて、ほんの一瞬の勇気でなんとでもなる。
それで自分の輝かしい未来が手に入るのだ。
「過ち」を「明日への一歩」と思い込み
マクベスはもはや自分の意思とは無関係に破滅へと進んでゆく。
それでも止まらない時間と欲望の中で
マクベスは「眠り」を奪われ、彼の「脳」を表現していたであろう
ドーム型の屋根は彼自らの手で破壊されてゆく。
萬斎さんの自由自在に変化する声と表情
突然の奇行演技が
「マクベス崩壊」を分かりやすく伝えてくれている
ように思えました。ちょっと胸が苦しくなる。
演者は5人。決まった配役は
マクベスである萬斎さんとその妻である秋山さんのみ。
残るお三方はその都度「王」になったり「家来」になったり
「影武者」になったり「魔女」になったり。忙しー。
でもこういう演出の方が
よりマクベスの内部に入り込めるのかなと思ったりしました。
三茶から渋谷までとぼとぼ歩きながら
「悲劇を演ずるということでそれを見た人に何を与えるのだろう」と
ふと考えてみました。
自分に置き換えてみれば「悲劇を歌うということで〜」になりますが
ほとんど暗い曲ばかりな自分は、もう根が暗いということで
演ずるとか、あえて悲劇的なことをしている訳ではないので
結局答えがモヤモヤ。
悲劇が与えるものとは。
劇中、「汚いはきれい」「きれいは汚い」という
言葉がよく出てきました。
それを聞いた時、椎名林檎さんの「依存症」という曲の歌詞が
ふと浮かびました。
『翻弄されているということは状態として美しいでしょうか
いいえ 綺麗な花は枯れ醜い過程がわらうのです 何時の日も』
劇のラスト
破滅したマクベスの胴体の下には
白くてかわいらしい花が咲いていました。
マクベス自身は純粋に
明日、また明日へと我が道を進んでゆきたいだけ
それだけが願うことだったと思います。
それはわたしたちも同じことで。
ある瞬間、ささやく運命の声に
「大丈夫、自分で決めるよ」と言えるかどうか。
つまり、本当に自分の意思でその手足を動かしているのかどうか。
流れに身をまかせるって、楽ではあるけど
不自由だったりするんだろうなぁ。
悲劇が与えるものってこういうことなのかなぁ。うーん。
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性別:
非公開
趣味:
音楽
自己紹介:
マスイ(gu&vo)、カセ(drums&key)のふたりで
2007年夏に結成。2008年10月、カセお勤め終了。お疲れさまでした。その後マスイひとりで活動。2009年1月、チャンプさんがベーシストとして加入。よろしくお願いいたします。
2007年夏に結成。2008年10月、カセお勤め終了。お疲れさまでした。その後マスイひとりで活動。2009年1月、チャンプさんがベーシストとして加入。よろしくお願いいたします。
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